「プレステ生みの親」久多良木健氏
久多良木健(くたらぎ・けん)氏
1950年生まれ
ソニー・コンピュータエンタテインメント元社長

この人の偉大な功績はさんざん語りつくされているので、ここでは省略したい。プレイステーションの生みの親であり、任天堂の独壇場であった家庭用ゲーム機市場で、プレステを世界一に育て上げた。これは立派なことである。開発者としても、経営者としても、天才的な才能を持っていたのだ。
ただ、プレステ2が順調な滑り出しを見せたころから、奢りと油断が目立つようになってきた。
親会社のソニーでも発言力を高め、次期社長の最有力候補となった彼は、ソニー本体の半導体ビジネスや家電ビジネスにも口を出すようになったのだが、これがうまくいかなかった。
「自分はゲーム以外でも、何をやらせてもうまくやれる」と思いこんでしまったのだろうか。社内でも嫌う者が多くなった。側近たちの傲慢さが目立つようになってきたのもこのころだ。
ソニーの社長レースで、ハワード・ストリンガーに敗れたのは、彼のビッグマウスぶりと、社内での人気のなさが大きな理由だ。さらにプレステ3が失敗したことで、完全に引退することになった。
結局は、久多良木氏はサラリーマンであり、ソニーの社員としてプレステを成功させたのである。最後はそれを忘れて、起業家のようにふるまってしまったのが失敗だった。
