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   <title>あの日のあの人</title>
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   <subtitle>知ってる？</subtitle>
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   <title>マイケル・デル</title>
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   <published>2010-01-19T12:20:29Z</published>
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   <summary>アメリカ合衆国の実業家。デル社の創設者、会長兼最高経営責任者。 15歳の時に買っ...</summary>
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      <![CDATA[アメリカ合衆国の実業家。デル社の創設者、会長兼最高経営責任者。

<a href="http://blackeyedsusan.info/4351516164.jpg"><img alt="4351516164.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/4351516164-thumb.jpg" width="360" height="270" /></a>

15歳の時に買ってもらった Apple II を好奇心から分解する。店頭に売られているコンピュータを分解し、強化されたコンポーネントで組み立ててアップグレードしては友人に販売していたデルは、やがて「これは大きなビジネスチャンスになる」と確信する。

しかし両親は医学部への進学を望み、1983年にテキサス大学オースティン校に入学する。在学中もコンピュータをアップグレードして金を稼いだ。

「販売店やディーラーを介さず、注文生産の製品を直接顧客に販売する」というコンピュータ業界初の直販制度を採用したことで会社は急成長を遂げ、1988年には24歳の若さで NASDAQ に株式公開を果たした。同年に社名を「デル・コンピュータ」と改める。
1992年に会社は Fortune 500 入りを果たし、デルは Fortune 500 社中最も若い最高経営責任者になった。2003年には製品ラインを拡大し社名を「デル」に改名。

2004年7月には最高経営責任者職をそれまで最高執行責任者を務めていたケビン・ロリンズに譲った。2007年2月、ロリンズの辞任に伴い、最高経営責任者職に復帰している。

ここのパソコン使ってるけどサポートが悪い。
日本語がよくわかってない中国人？が電話に出て通じないし
そういった意味で顧客満足度は低いみたいですね。
ただこの人がここまで大きくした功績は素晴らしいです。
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   <title>松下幸之助</title>
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   <published>2009-12-19T09:32:14Z</published>
   <updated>2009-12-19T11:32:11Z</updated>
   
   <summary> 松下 幸之助（1894年〈明治27年〉11月27日 - 1989年〈昭和64年...</summary>
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      <![CDATA[<a href="http://blackeyedsusan.info/5373757.JPG"><img alt="5373757.JPG" src="http://blackeyedsusan.info/5373757-thumb.JPG" width="298" height="400" /></a>

松下 幸之助（1894年〈明治27年〉11月27日 - 1989年〈昭和64年・平成元年〉4月27日）は、日本の実業家。
パナソニック（旧社名：松下電器産業、松下電器製作所、松下電気器具製作所）を一代で築き上げた日本屈指の経営者で、経営の神様とも、関係者からは社主とも称された。

自分と同じく丁稚から身を起こした思想家の石田梅岩に倣い、PHP研究所を設立して倫理教育に乗り出す一方、晩年は松下政経塾を立ち上げ政治家の育成にも意を注いだ。

1950年以降、長者番付で10回全国1位を記録（1955年～1959年、1961年～1963年、1968年、1984年）。また40年連続で全国100位以内に登場した。この時期の幸之助は「億万長者」であり、一生で約5,000億円の資産を築いたと推定される。

電球ソケットから始まりこんなに稼いだなんて・・・
40年連続で１００位以内だなんて・・・。]]>
      <![CDATA[1960年に初の和歌山市名誉市民に選定される。同年、浅草寺（東京都台東区）の雷門と大提灯は、 100年近く仮設状態のままになっていたところ、幸之助がポケットマネーを寄進して現在の形に再建された。提灯の『雷門』の下加輪には『松下電器産業株式会社　松下幸之助』と金文字で大きく刻んだ一際目立つプレートが貼られているが、これを『パナソニック』へ書き換える予定は無いとのことです。

<a href="http://blackeyedsusan.info/5424624664.jpg"><img alt="5424624664.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/5424624664-thumb.jpg" width="200" height="266" /></a>

あの有名な雷門が松下幸之助のポケットマネーで・・・
まったく知らなかった。
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   <title>スティーブ・ジョブズ</title>
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   <published>2009-11-15T09:23:41Z</published>
   <updated>2009-11-16T07:32:03Z</updated>
   
   <summary> スティーブン・ポール・ジョブズ（Steven Paul Jobs、1955年2...</summary>
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      <![CDATA[<a href="http://blackeyedsusan.info/56555.jpg"><img alt="56555.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/56555-thumb.jpg" width="274" height="400" /></a>

スティーブン・ポール・ジョブズ（Steven Paul Jobs、1955年2月24日 - ) はアメリカ合衆国の実業家。
スティーブ・ウォズニアック、マイク・マークラらと共に、商用パーソナルコンピュータで世界で初めて成功を収めたアップル社の共同設立者の一人。
また、そのカリスマ性の高さから、発言や行動が常に注目を集め続ける人物。

プレゼンテーションの素晴らしさ、ライバル企業の経営者をも惹き付ける人間的魅力で知られる。
暫定CEOに就任して以来、基本給与として、年1ドルしか受け取っていないことで有名であり（実質的には無給与であるが、社会保険などの為に必要であるため）、このため「世界で最も給与の安いCEO」とも呼ばれている。
2006年に、ピクサーをディズニーが買収したことにより、ディズニーの個人筆頭株主となり、同社の役員に就任しているが、ディズニーからの役員報酬は辞退している。

知れば知るほど興味深い人ですね。
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   <title>井深大氏</title>
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   <published>2009-10-13T10:20:04Z</published>
   <updated>2009-10-15T02:23:28Z</updated>
   
   <summary>井深大（いぶか まさる、1908年（明治41年）4月11日 - 1997年（平成...</summary>
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      <![CDATA[井深大（いぶか まさる、1908年（明治41年）4月11日 - 1997年（平成9年）12月19日）は、日本の実業家。盛田昭夫とともにソニーの創業者の一人。生前の盟友であった本田技研工業の本田宗一郎と並び称される戦後日本を代表する起業家として世界的にも有名。
また、飯盛山で自刃した白虎隊士井深茂太郎の一族の末裔でもある。正三位　勲一等。

<a href="http://blackeyedsusan.info/5473.jpg"><img alt="5473.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/5473-thumb.jpg" width="229" height="259" /></a>

1946年（昭和21年）、資本金19万円で、義父の前田多門（終戦直後に文相）が社長、井深が専務（技術担当）、盛田昭夫が常務（営業担当）、社員20数人の東京通信工業（後のソニー）を創業。以来、新しい独自技術の開発にチャレンジし、一般消費者の生活を豊かに便利にする新商品の提供を経営方針に活動を展開。そして、多くの日本初、世界初という革新的な商品をつくりだし、戦後日本経済の奇跡的な復興、急成長を象徴する世界的な大企業に成長していく。

この人なくして今のソニーはないでしょう。

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   <title>衛藤バタラ氏</title>
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   <published>2009-09-08T10:15:50Z</published>
   <updated>2009-09-08T13:57:11Z</updated>
   
   <summary> えとらぼ株式会社代表取締役。 元ミクシィ取締役兼最高技術責任者。 インドネシア...</summary>
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      <![CDATA[<a href="http://blackeyedsusan.info/6537563.jpg"><img alt="6537563.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/6537563-thumb.jpg" width="290" height="364" /></a>

えとらぼ株式会社代表取締役。
元ミクシィ取締役兼最高技術責任者。
インドネシア北スマトラ州メダン出身。

日本の拓殖大学工学部に留学中、1999年からインターンとしてイー・マーキュリー（現ミクシィ）に入り、転職情報サイトFind Job!の開発運営に携わる。

2004年に拓殖大学を卒業後も日本に留まり、イー・マーキュリーに正式に入社。
ソーシャル・ネットワーキング・サービス（SNS）の開発を提案し、
2006年に最高技術責任者に就任。
中心人物としてmixiの開発を企画し、mixiを日本最大のSNSへと成長させた。

2007年に取締役兼最高技術責任者を退任したが、
2008年以降も技術顧問として同社には留まっている。
2008年2月、えとらぼ株式会社を設立。

03年ごろから米国でSNSが流行し始め、面白さに引かれていたため、
人を集める手段としても魅力的と感じ、笠原健治社長に相談。
ゴーサインをもらった。笠原社長やデザイナーと協力しながら、技術面は1人で担当。
mixiはオープン直後から急成長し、「今日サイトが重かったら、翌日はもっと重くなる」という状態。
大規模サイトをゼロから構築、運用したのは初めてで、「毎日サーバが足りなくなった」と振り返る。

「使っていたデルのサーバは、注文してから届くまでに時間がかかってしまう。足りなくなったらすぐに増設するために、アキバに行ってサーバを買い、データセンターに持って行く、ということを繰り返していた。スケーラビリティが大変だった」と語っている。

年齢がまだ３０歳ってのにビックリしました。
新しい会社の事業もすでに利用してたり
数年後にはいつの間にか利用してるってこともあるかも・・・ですね。
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   <title>ミッキーマウスの生みの親　ウォルト・ディズニー</title>
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   <published>2009-08-08T13:59:18Z</published>
   <updated>2009-08-08T22:38:02Z</updated>
   
   <summary>ウォルト・ディズニー（Walt Disney、本名ウォルター・イライアス・ディズ...</summary>
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      <![CDATA[ウォルト・ディズニー（Walt Disney、本名ウォルター・イライアス・ディズニー（Walter Elias Disney）、 1901年12月5日 - 1966年12月15日）は、アメリカ合衆国・イリノイ州シカゴに生まれた漫画家、アニメ製作者、映画監督、実業家。世界的に有名なアニメーションキャラクター「ミッキー・マウス」の生みの親であり、米国の大手企業であるウォルト・ディズニー・カンパニーの創業者である。曽祖父はアイルランドからの移民。 ディズニーの由来はフランスのカルヴァドス県のイズニーである。

<a href="http://blackeyedsusan.info/4245.jpg"><img alt="4245.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/4245-thumb.jpg" width="390" height="312" /></a>

ウォルトはディズニーランドのオープン時のスピーチの中で、「私はディズニーランドが人々に幸福を与える場所、大人も子供も、共に生命の驚異や冒険を体験し、楽しい思い出を作ってもらえる様な場所であって欲しいと願っています。」と言った。その「誰もが楽しめる」というファミリーエンターテイメントの理念は、今も各ディズニーのパークで受け継がれている。
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   <title>奥田碩氏</title>
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   <published>2009-07-09T02:17:06Z</published>
   <updated>2009-07-09T05:53:16Z</updated>
   
   <summary>奥田碩氏 トヨタ自動車株式会社代表取締役社長（第8代）、同社代表取締役会長 19...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blackeyedsusan.info/">
      <![CDATA[奥田碩氏
トヨタ自動車株式会社代表取締役社長（第8代）、同社代表取締役会長
1932年、三重県生まれ
<a href="http://blackeyedsusan.info/5.jpg"><img alt="5.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/5-thumb.jpg" width="163" height="200" /></a>

トヨタ自販の経理部時代に上司とぶつかり、1972年秋、マニラに赴任する。
肩書きは「経理アドバイザー」。これは困難な任務であり、事実上の左遷であったが
当時、マニラには豊田章一郎の娘婿・藤本進が大蔵省の駐在員として出向しており、奥田は章一郎が孫の顔を見に来るたびに同行し、章一郎は奥田の才能を認め、「マニラでこんなやつがくすぶっているのか。本社の人事は何をしているんだ」とまで言ったという。
社長時代にはそれまでどちらかといえば良い意味で保守的だったトヨタを改革したと言われている。
例えば、世界に先駆けてハイブリッド車「プリウス」を発売したことや、それまでトヨタが敬遠していたF1への参戦を表明したことなどである。奥田時代、当時国内販売で落ち込んでいたシェアを3年がかりで40%代まで回復させるなど、奥田の時代からトヨタは「攻め」の姿勢に転じて躍進を遂げ、現在の世界第1位の自動車メーカーの座を手にした。このことから、彼の経営手腕は一般的に高く評価されており、ハウツー本が出販されたり他のメーカーの中には彼の改革を手本にする企業まで出てきた。

奥田の諸改革には常に後ろ盾として豊田章一郎の姿があり、奥田も豊田本家の章一郎を求心力として旗印にし、常に豊田家を立てつつ改革を進めた。

その一方で、スポーツタイプの車種を全廃した戦略、モータースポーツを広告として捉えるやり方への批判、従業員に過度のサービス残業を強いて労働基準監督署の査察を度々受ける事態を招いたり、業績好調にもかかわらず外国人労働者や非正規雇用の確保で賃金の抑制を行うなど彼の経営姿勢を批判する声が圧倒的に多いのも事実である。
このぐらいの年の人達の時代の頭だと
この批判されてしまう部分はしょうがない気も・・。
年寄りが上の立場だと考えが古いですし。

豊田章一郎の後ろ盾は自分の才能で得たってのが素晴らしい。]]>
      
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   <title>野口美佳氏</title>
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   <published>2009-06-07T04:18:25Z</published>
   <updated>2009-06-07T08:32:16Z</updated>
   
   <summary>野口美佳氏 （株）ピーチ・ジョン 1965年、宮城県生まれ 高校卒業後、上京し、...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blackeyedsusan.info/">
      <![CDATA[野口美佳氏
（株）ピーチ・ジョン
1965年、宮城県生まれ
<a href="http://blackeyedsusan.info/11.jpg"><img alt="11.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/11-thumb.jpg" width="400" height="291" /></a>


高校卒業後、上京し、グラフィックデザインを学ぶ。
94年、株式会社ピーチ・ジョンを設立。“女性のため”ということを徹底した輸入下着が大ヒットし、年商160億円以上の会社に成長。現在、カタログ『PJ』は、発行部数250万部。直営店「ピーチ・ジョン・ザ・ストア」を全国に19店舗展開。2005年、「日本の未来」という特集で、『TIME（アジア版）』の表紙を飾る。
いろいろ言われてますがここまでの結果をだしているわけですから、世の男子社長も認めるしかないですよね。

<a href="http://www.peachjohn.co.jp/info/president/">ピーチジョン</a>

<a href="http://www.1oven.com/mika_noguchi/index.html">社長のブログ</a>
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   <title>藤村哲哉氏　映画業界の元風雲児</title>
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   <published>2009-03-11T03:02:44Z</published>
   <updated>2009-03-11T03:06:20Z</updated>
   
   <summary>藤村哲哉氏 ギャガ・コミュニケーション創業者、元社長 1954年生まれ ギャガと...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blackeyedsusan.info/">
      <![CDATA[藤村哲哉氏
ギャガ・コミュニケーション創業者、元社長
1954年生まれ

<img alt="gaga_fujimura.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/gaga_fujimura.jpg" width="110" height="147" />



ギャガという会社は、今となっては、単なるＵＳＥＮの子会社になってしまったが、もともとは偉大な会社だった。日本の映画配給業界に残した功績は大きい。

脱サラした藤村氏が1980年代に創業したギャガは、「版権ビジネス」の先駆けであった。Ｂ級、Ｃ級よりさらに質が悪い映画（Ｚ級と呼ばれた）のビデオ化権を海外で買いまくり、レンタルビデオ屋に流して大儲けした。

その後に進出した洋画配給事業（こんどはＡ級作品も扱った）では、「どんな作品が日本でヒットする確率が高いか」ということを予測するためのデータベースを構築した。業界の職人たちの勘に頼るのでなく、あくまでデータに基づいて買い付けるスタイルだ。

いずれも、映画業界未経験だった藤村氏と、藤村氏が雇った側近たちが確立したビジネスモデルである。藤村氏はベンチャー起業家であるが、脂ぎったところがなく、常に「落ち着いた大人」であった。映画ビジネスのリスクを常に警戒する思慮深さも持っていた。このため、優秀な人間が多く集まり、ギャガを日本屈指の配給会社に押し上げたのである。

しかし、その後、脇が甘くなったのが、2004年前後に巨費を投じた大作の配給が相次いで失敗し、経営責任をとってギャガを退任した。上場を果たし、成功が続いていたため、油断しだのだろう。
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   <title>ルパート・マードック氏　強引だがセンスの良いメディア王</title>
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   <published>2009-03-11T02:57:56Z</published>
   <updated>2009-03-11T03:02:19Z</updated>
   
   <summary>ルパート・マードック氏　 米ニューズ・コーポレーション社長 1931年、オースト...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blackeyedsusan.info/">
      <![CDATA[ルパート・マードック氏　
米ニューズ・コーポレーション社長
1931年、オーストラリア生まれ

<a href="http://blackeyedsusan.info/murdoch_wideweb__470x336%2C0.jpg"><img alt="murdoch_wideweb__470x336%2C0.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/murdoch_wideweb__470x336%2C0-thumb.jpg" width="470" height="336" /></a>



この人は賢い商売人だ。

「世界のメディア王」として有名で、剛腕なイメージがある。確かに剛腕、というか強引な面は否めない。

アメリカにあるFOXニュースというニュース専門チャンネルはマードック氏が経営している。

このFOXニュースは、「右翼偏重」報道を自他共に認めている。完全に共和党寄り、かつてのブッシュ政権にすりよった報道をし、アメリカをイラク戦争に導くための宣伝役となった。

報道内容もめちゃめちゃなモノが多く、ジャーナリズムの精神とかけ離れている。

ただ、CNNよりもビジュアルを重視し、必要な場面で予算をどさっとつぎ込む効率的な経営スタイルは学ぶべき点も多い。

彼自身が右翼かどうかはやや疑わしい。右翼報道が商売になるから、あえて偏った報道姿勢を貫いているような気がしてならない。

また、彼の所有する大衆紙「ニューヨーク・ポスト」は、他のアメリカの新聞や日本の新聞よりはるかに読みやすく、読んでいて楽しい。見出しや記事のセンスも良い。誤報も多いが、特ダネもある。

で、調子に乗って経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルも拒否を投じて買収してしまったが、それがうまくいくかどうかは、まだよく分からない。
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   <title>大賀典雄　ソニー創業者が見つけた天才中の天才</title>
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   <published>2009-03-11T02:54:04Z</published>
   <updated>2009-03-11T02:57:31Z</updated>
   
   <summary>大賀典雄（おおが・のりお）氏 1930年生まれ、 ソニー元社長 この人は本当の天...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blackeyedsusan.info/">
      <![CDATA[大賀典雄（おおが・のりお）氏

1930年生まれ、
ソニー元社長

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この人は本当の天才である。もともと一流歌手になるべく音楽大学で勉強していたところを、ソニー創業者の盛田昭夫氏と井深大氏にスカウトされ、ソニーに入社した。

大賀氏のすごいところは、技術者でもないのに、ＣＤやＭＤの商品化を実現させたところだ。ソフトウエア開発の中身にも精通していたという。

商品のデザインや会社の「カッコよさ」への強いこだわりを持ち、その重要性を世間に知らしめたのも大賀氏の功績だ。1990年前半くらいまで、ＳＯＮＹブランドは圧倒的な輝きを持っていた。

さらにもう一つ、プレイステーションの開発にＧＯサインを出したのも大賀氏だ。生意気な技術オタクであった久多良木健氏をかくまい、後押しし、久多良木氏がプレステを大成功させる際の後見人となったのだ。

さらにもう一つ、ＣＢＳソニー（現ソニー・ミュージック）を業界一位のレコード会社にしてしまったのも、称賛に値する。同社は、入社試験の面接に普段着で来させた最初の大企業である。

ソニーの創業者でないのに、創業者並みの活躍をした。

しかし、後継者を十分に育てなかったのが大きなミスだった。彼が後継者として選んだ出井伸行氏は、ルックスやスピーチはそれなりに良いが、中身がなかった。長い就任期間の間に大した仕事もせず、最後は大賀氏が追い落としを図ったという説が強い。
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   <title>馬淵隆一氏　マブチモーターを圧倒的な世界一にした男</title>
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   <published>2009-03-11T02:49:39Z</published>
   <updated>2009-03-11T02:53:51Z</updated>
   
   <summary>馬淵隆一氏 マブチモーター創業者、元社長 小型モーターで世界市場シェア5割以上と...</summary>
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      <![CDATA[馬淵隆一氏
マブチモーター創業者、元社長

小型モーターで世界市場シェア5割以上という圧倒的な力を持つマブチモーターの創業者。戦後、兄の健一氏とともにマブチを創業し、常に小型モーターに経営資源を集中する戦略を貫き、マブチを世界の有力企業に育てあげた。

馬淵氏の経営哲学で見習いたいのは、どんなに儲かっている時でも、顧客のことを最優先に考える姿勢だ。馬淵氏は、小型モーターで稼いだ収お金は、小型モーターのさらなる改良のために使うべきだと考えている。他の事業の投資、すなわち事業拡大のために使うのは、経営者として本来の筋から外れるというような発言をされるのを聞いたことがある。

戦後、多くの日本企業が成功したが、事業を多角化しすぎて勢いを失った企業は少なくない。日立製作所や東芝、ＮＥＣ、富士通などの総合メーカーはその最たる例だ。
馬淵氏の経営哲学をみならうべきである。

また、馬淵氏は謙虚で、自分の自慢になるような話をしたがらない。庶民的で、社員にも愛されており、それがマブチの家庭的で実直な社風に反映されている。

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   <title>「プレステ生みの親」久多良木健氏</title>
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   <published>2009-03-11T02:46:13Z</published>
   <updated>2009-03-11T02:49:24Z</updated>
   
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      <![CDATA[久多良木健（くたらぎ・けん）氏
1950年生まれ
ソニー・コンピュータエンタテインメント元社長

<img alt="kutaragi.jpg" src="http://blackeyedsusan.info/kutaragi.jpg" width="200" height="150" />



この人の偉大な功績はさんざん語りつくされているので、ここでは省略したい。プレイステーションの生みの親であり、任天堂の独壇場であった家庭用ゲーム機市場で、プレステを世界一に育て上げた。これは立派なことである。開発者としても、経営者としても、天才的な才能を持っていたのだ。

ただ、プレステ２が順調な滑り出しを見せたころから、奢りと油断が目立つようになってきた。
親会社のソニーでも発言力を高め、次期社長の最有力候補となった彼は、ソニー本体の半導体ビジネスや家電ビジネスにも口を出すようになったのだが、これがうまくいかなかった。

「自分はゲーム以外でも、何をやらせてもうまくやれる」と思いこんでしまったのだろうか。社内でも嫌う者が多くなった。側近たちの傲慢さが目立つようになってきたのもこのころだ。

ソニーの社長レースで、ハワード・ストリンガーに敗れたのは、彼のビッグマウスぶりと、社内での人気のなさが大きな理由だ。さらにプレステ３が失敗したことで、完全に引退することになった。

結局は、久多良木氏はサラリーマンであり、ソニーの社員としてプレステを成功させたのである。最後はそれを忘れて、起業家のようにふるまってしまったのが失敗だった。
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   <title>ホントに尊敬すべき経営者たち</title>
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   <published>2009-03-10T07:47:58Z</published>
   <updated>2009-04-10T07:54:40Z</updated>
   
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      世の中には、経営者を称賛する本や報道であふれかえっている。だが、本当に偉大な経営者そんなに多くない。自分の自慢話を膨らまして吹聴している経営者や、ヒット商品が出たときにたまたま社長だった人物が少なくないからだ。ここで紹介する経営者はまやかしでなく、ほんとに凄い人たちだ。
      
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